津別建設 株式会社
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「人材は大切な財産」働きやすい環境を
会長は、“人材の「ざい」は財産の「財」”ということをよく言っていて、そう教えられてきました。実際、職員の力で津別建設は成り立っています。そういう考えのもと、職員にはできるだけ働きやすい環境を作りたいと思っています。現在は公共施設の施工が多いですが、これからは今まで以上に個人住宅の施工にも力を入れたいと考えています。津別町は空き家が多いので、そのリノベーションも考えていますが、まずは人材の確保が第一目標です。 -
木を切って運ぶ仕事がスタート
前身となる中田組は昭和8年創立。その後、昭和31年に津別建設を設立しました。津別は林業の町なので、中田組は木を切って運ぶ仕事がスタートでした。会長が営林署に勤めていたこともあり、林道の整備や山の治山工事をメインにしていため、現在も土木業が中心です。従業員は役員を入れて15名、うち作業員が11名です。ここ数年は高卒者の採用があり、若い人たちがもっと増えて、お互い切磋琢磨してもらえるとうれしいですね。 -
後世に残る物を造る、誇りに思える仕事
観光スポットや北海道遺産などの建物は私たちが手掛けていった物になります。そいういった後々、時間をかけて残っていく、有名になっていく物を手掛ける喜びがあります。家族や友人などにも自慢ができますし、誇りに思える仕事です。役場庁舎や認定こども園など町の主要建築物や道路の整備といった、みなさんが生活していく上で重要な拠点となる部分に携われるということも魅力です。そういったところを働きながら実感してもらえるとありがたいです。
「人材は大切な財産」働きやすい環境を
会長は、“人材の「ざい」は財産の「財」”ということをよく言っていて、そう教えられてきました。実際、職員の力で津別建設は成り立っています。そういう考えのもと、職員にはできるだけ働きやすい環境を作りたいと思っています。現在は公共施設の施工が多いですが、これからは今まで以上に個人住宅の施工にも力を入れたいと考えています。津別町は空き家が多いので、そのリノベーションも考えていますが、まずは人材の確保が第一目標です。木を切って運ぶ仕事がスタート
前身となる中田組は昭和8年創立。その後、昭和31年に津別建設を設立しました。津別は林業の町なので、中田組は木を切って運ぶ仕事がスタートでした。会長が営林署に勤めていたこともあり、林道の整備や山の治山工事をメインにしていため、現在も土木業が中心です。従業員は役員を入れて15名、うち作業員が11名です。ここ数年は高卒者の採用があり、若い人たちがもっと増えて、お互い切磋琢磨してもらえるとうれしいですね。後世に残る物を造る、誇りに思える仕事
観光スポットや北海道遺産などの建物は私たちが手掛けていった物になります。そいういった後々、時間をかけて残っていく、有名になっていく物を手掛ける喜びがあります。家族や友人などにも自慢ができますし、誇りに思える仕事です。役場庁舎や認定こども園など町の主要建築物や道路の整備といった、みなさんが生活していく上で重要な拠点となる部分に携われるということも魅力です。そういったところを働きながら実感してもらえるとありがたいです。